第36回 - 第57号 - 2009.4.1刊

研究ディシプリンと読書


職業能力開発総合大学校長 古川 勇二 

 

        

 三十数年前のことですが、僕は博士後のいわゆるポスドク助教授としてイギリスのマンチェスター
工科大学で「モジュラー設計論」について研究していました。工作機械の加工機能をいくつかの基本
要素、すなわち機能モジュールに分解できれば、逆に、予め準備したモジュール群の中から必要のモ
ジュールを選び出して組み合わせ、所望の加工機能を柔軟に創出できる(reconfiguration)という
逆のプロセス論(reverse engineering)です。

  モジュールという「個」と、機械という「全体」をいかに調和させ得るかがポイントで、この設計
コンセプトを確定するのにあれこれと悩んだのですが、一つ目のヒントを与えてくれたのが図書館で
見つけたNobert Wiener先生のCYBERNETICS(1961年 MIT Press)でした。先生は数学者なのです
が、物理、生物、哲学と包括的に研究した天才です。先生の唱える生物の恒常性維持機能は、生体自
身の内的情報制御と、生体と外部環境との外的情報制御に依存している、それを人工的システムにも
当てはめれば思いのままの制御が可能であるとの考え方は、モジュラー設計研究の大いなる助けにな
りました。その後、ウィーナー先生の考えを更に超えて、全体(Hol)と個(On)の調和という概念
(HOLON)を唱えられた科学哲学者Arthur Koestler 先生のJANUS(1978年Huchingson & Co Ltd)
にめぐり合うことができ更に触発されました。この本はウィーナー先生のものより数段難しくて、僕
には全くといってよいほど分からないものですが、帰国後、加工の専門雑誌に、「ホロンとはおでん
のようなもの、竹輪もはんぺんもそれぞれの味を保ちながら全体が調和した美味しさ、モジュールと
は畳みたいなもの、6畳といえばどんな部屋の使い勝手か日本人は誰でも思い浮かべられる」などと
勝手な解説をしたものでした。その後、田中、吉岡両名による名和訳がホロン革命(1983年工作
舎)として出版されていますが、それとても僕にとっては難解でした。

  最近はエコデザインとか、バクテリアの光合成を利用した燃料電池などの研究に勤しんできました
が、機械やシステムを研究開発していく上で、もはや人間の利便性のためのみではなく、人間や自然
環境との調和を考慮しなければ対処できないことを実感しているからです。その点で上述した2冊の
本は、僕が研究を続けられてきたディシプリンでもあるのです〔了〕。